とても大切な「手」の外科治療

いわき市医療センター

整形外科

福島県いわき市内郷御厩町久世原

手外科とは?

手は人類が二足歩行を始めて以来、道具をあやつり、物をつくり、高度な機能を発達させてきました。また、手の細やかな感覚は時として目の代わりとなり、その動きは会話を補助するコミュニケーションツールとしての役割も果たします。

手外科は、外傷や疾患によって失われた手の繊細な動きや感覚を取り戻すことを目的とした機能再建外科です。手外科医は、肘(ひじ)から指先までのすべての外傷や疾患を治療するだけでなく、他の整形外科医が行わない、手術用顕微鏡を用いた血管や神経の縫合技術(マイクロサージャリー)を習得しています(写真1)。この技術により、切断された手足をつなげる再接着手術、外傷などで喪失した骨・筋肉・神経などを移植する手術(組織移植術)が可能であるため、下肢(かし)を含んだ四肢(しし)すべての重度外傷、骨髄炎(こつずいえん)などの重症感染症、麻痺(まひ)した手足を動かす機能再建などの高度な治療も担っています。

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写真1 手術用顕微鏡を用いたマイクロサージャリー

当院では2015年4月に福島県立医科大学附属病院から整形外科に手外科専門医が赴任し、高度で専門的な手の治療を導入してきました。2016年度には日本手外科学会から若手の手外科医を育成する研修施設の認定を受け、現在2人の研修医が手外科専門医のもとで研鑽を積んでいます。2021年度の手外科手術は県内医療機関で最多の695件(整形外科570件、形成外科125件)でした。

次に、当院における手外科分野の代表的な疾患の治療について説明します。

さまざまな手の外傷(けが)

切断指(肢)再接着と指の再建

切断された四肢をつなげる再接着術は、最も繊細で高度な技術だけでなく、迅速な治療が必要とされます。切断された手足は血流がないため、時間とともに組織が壊死(えし)していきます。そのため、腕の切断では手術前に血管をチューブで連結して一時的に血流を再開させる処置(一時的シャント)を行います。手術は骨の固定と腱(けん)の縫合後に、顕微鏡を用いて直径0.3~1㎜の血管と神経を縫合します。手術時間は指1本あたり3~5時間、多数指の再接着では半日かかることもあります。切断された四肢が生着する成功率は、刃物などで切断面が綺麗な場合は90%、機械に潰(つぶ)されるなど損傷の激しい場合は60~70%で、大学病院と同等の成功率を達成しています。

これらの治療にもかかわらず指が壊死した場合には、足から爪・皮膚・神経血管を移植して指を再建する手術(Wrap-around手術/写真2)、足趾(そくし)そのものを手に移植する手術(足趾移植術)、切断部の骨と皮膚を伸ばして指を長くする手術(指延長術)により、指の美容的・機能的再建が可能ですので、諦めずに相談してください。

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写真2 Wrap-around手術 足趾の爪と皮膚を移植して、切断された母指を再建

骨折と脱臼

手指の骨折はスポーツや仕事が盛んな青壮年に多いですが、手首の骨折は骨粗(こつそ)しょう症(しょう)になりやすい中高年の女性に多くみられます。治療は、ずれが少なく安定した骨折の場合、ギプスを選択することもあります。しかし、関節や腱が複雑に機能している手では、手術で確実に骨を固定し、早期リハビリテーションを行うほうが良好な手の機能を維持できます。当院では、肘から手指の骨折手術を年間約300件施行しており、手術の翌日から手専門の作業療法士(ハンドセラピスト)と連携してリハビリを行うことで、良好な治療成績を獲得しています。

治療が難しい骨折として、指関節の脱臼骨折があります。球技などで受傷し、関節が割れて脱臼している状態です。骨と軟骨が修復できないほど粉々になったり、時間が経って固まってしまった場合は、手首や肋骨から骨と軟骨を移植することにより、正常に近い関節形態を取り戻すことが可能です。そして関節を牽引する機器(創外(そうがい)固定器)を装着することで早期リハビリが可能となり、良好な指の動きを回復させることができます(写真3)。

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写真3 環指の脱臼骨折 骨と軟骨を移植し、創外固定器で牽引しながら早期リハビリを施行

若年者で問題になるのは、舟状骨(しゅうじょうこつ)骨折です。舟状骨は手首にある手根骨(しゅこんこつ)の1つで、転倒して手をついて骨折します。骨の血流が悪いために骨折部が癒合(ゆごう)せず、偽関節(骨折が半年以上癒合せず、ぐらぐらな状態)になってしまいます。手の甲から直径1㎜の血管をつけたまま骨を移植し、血流を改善させることで骨癒合率が飛躍的に向上します(写真4)。

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写真4 舟状骨偽関節 血流が悪く骨が癒合しないため、血管付きの骨を移植

靱帯と腱の損傷

靱帯(じんたい)損傷は一般的に捻挫(ねんざ)と呼ばれ、指を捻(ひね)ることで関節を安定化している靱帯が損傷されます。関節の緩みが高度な場合は手術で靱帯を縫合しますが、長期間経過して縫合できない場合には、手首から腱を移植して靱帯を再建します。

腱損傷は、指を動かす腱が外傷で切れてしまい、指が動かなくなった状態です。手術で腱を縫合しますが、術後すぐに動かさないと、腱が癒着したり、指の関節が固くなって動きが悪くなってしまいます。そのため、腱が切れないような特殊な縫合法を用い、手術の翌日から特殊な運動用の器具を装着して、ハンドセラピストの指導のもと注意深くリハビリを行う必要があります。他施設の治療で指が固まってしまっても、関節を動かす関節授動術や、癒着した腱を剥(は)がす腱剥離術(けんはくりじゅつ)によって動きを改善させることが可能です。

重度四肢外傷とは

腕神経叢損傷

上肢(じょうし)における重度外傷の1つに腕神経叢(わんしんけいそう)損傷があります。頚(くび)の脊髄(せきずい)から上肢に伸びている神経の束が腕神経叢であり、交通事故などで損傷されると肩から下が麻痺してしまいます。現在の医学では、脊髄から引き抜かれた神経をもとに戻すことは不可能です。代わりに脳神経や呼吸の働きをする肋間(ろっかん)神経・横隔(おうかく)神経の一部を腕の神経に縫合する神経移行術や、背中や大腿部(だいたいぶ)の筋肉を腕に移植する筋肉移植術、麻痺していない腱を麻痺した腱に縫合する腱移行術によって、上肢の機能を回復させる治療を行います(写真5)。

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写真5 腕神経叢麻痺の機能再建
肘は筋肉移植術、手指と手首は腱移行術を行って機能を再建

また、新生児が難産で、産道を通る際に腕神経叢損傷を起こしたものを分娩(ぶんべん)麻痺と呼びます。多くは軽症で、数日から数か月で回復しますが、神経が断裂して回復を望めない重症の場合もあります。それでも、生後3か月から半年以内に神経移行術を行うことで、成人よりもはるかに良好な上肢機能を回復させることが可能です。分娩麻痺に対して乳児期に神経手術を施行しているのは、東北地方では当院と福島県立医科大学附属病院だけです。

開放骨折・骨髄炎

手外科専門医は、マイクロサージャリー技術を用いて下肢の重度外傷の治療も行います。折れた骨が皮膚から飛び出して汚染される開放骨折や、その後に発症する骨の細菌感染(骨髄炎)では、損傷・感染した皮膚や骨をすべて切除する必要があり、時には数十㎝に及ぶ骨や皮膚の欠損を生じます。背中や反対側の下肢から骨・筋肉・皮膚に血管をつけたまま移植(遊離組織移植術)することで、広範囲の組織欠損を一度に修復し、同時に移植組織の血流によって感染を治癒させることが可能です。2015年以降当院で加療した骨髄炎は45例で、その全例が治癒しています。

使いすぎや加齢による手の障害

腱鞘炎

手の障害で最も頻度(ひんど)が高いのが腱鞘炎(けんしょうえん)です。腱鞘とは、指を動かす腱を覆っているトンネル状の構造物です。指の使いすぎで腱鞘が炎症を起こし、痛みや引っかかりを生じます。腱鞘炎のうち、指の付け根に生じるものが〝ばね指〟、手首の母指側に生じるものが〝ドケルバン氏病〟です。治療は、腱鞘内へのステロイドホルモン注射により3~6か月間は症状が緩和されますが、手の酷使が続くと再発します。完治を目指す場合は手術をお勧めします。手術は日帰りで5~10分程度です。

腱鞘炎に近い病態として、肘では上腕骨外側上顆炎(じょうわんこつがいそくじょうかえん)(テニス肘)がよくみられます。物を持ち上げたり、手首を捻る動作を繰り返すことで、筋肉が付着している肘の外側部に炎症を起こし痛みを生じます。治療は、手の使い方の改善、ストレッチ運動、注射などで80~90%は治癒しますが、再発を繰り返す場合は手術で炎症を起こした筋付着部を切除します。当院では内視鏡(肘関節鏡)を用いた手術も施行しています(写真6a)。

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写真6 内視鏡を用いた手術

絞扼性神経障害

四肢に分布する末梢神経が、手足の骨や靱帯に圧迫されてしびれや麻痺を生じる病態を絞扼性(こうやくせい)神経障害といいます。

手根管症候群は、中高年の女性に多く発症し、母指から環指(かんし)にかけてしびれる病気です。夜から明け方に手が痛んで目を覚ますこともあります。サポーターや注射で一時的に症状を緩和することができますが、進行すると指の感覚と筋力が低下し、書字や箸などの細かい動作が困難になります。完治には手術が必要で、手のひらを3㎝ほど切開して神経を圧迫している靱帯を切り離します。希望があれば手首の1㎝の切開による内視鏡手術も可能です。手術時間はいずれも15分ほどです。

肘部管症候群(ちゅうぶかんしょうこうぐん)は、中年以降の男性が、使いすぎにより変形した肘の骨と靱帯で神経が圧迫され、小指と環指がしびれる病気です。進行して手の筋肉が麻痺すると完治が難しくなるため、早期の手術が必要です。肘の内側を切開し、骨や靱帯から神経をずらして緩めることで進行が止まり、症状が緩和されます。

関節軟骨損傷と変形性関節症

外傷や加齢、使いすぎで関節軟骨が損傷され、関節の痛みと変形が進行していく状態を変形性関節症といいます。最も多いのは、中高年女性で指の第1関節に生じるヘバーデン結節と第2関節に生じるブシャール結節です。進行を完全に止めることは困難ですが、テーピングや注射などで痛みを緩和することは可能です。進行した場合は、関節を固定したり、人工関節に入れ替えたりして痛みをなくす治療を行います。

次に多いのは、母指の付け根の関節(CM関節)が変形する母指CM関節症で、つまみ動作のたびに母指の根元に痛みを生じます。軽症ではサポーターや注射で治療しますが、変形が進行した場合は手術を行います。重労働をする男性は関節を部分的に固定して頑丈に治しますが、女性は細かい手仕事がしやすいように関節は固定せず靱帯を再建します。どちらの手術でも痛みはほぼ消失します。

また若年から壮年男性では、手首の小指側にある三角線維軟骨の損傷(TFCC損傷)が多くみられます。手首を捻ったり、手をついたりして損傷し、同様の動作で手首に痛みや引っかかりが生じます。サポーターや関節注射で改善しない場合は、内視鏡(手関節鏡/写真6b)で傷ついた軟骨を削ったり、小指側の骨を短くして軟骨が挟まらないようにする手術(尺骨短縮術(しゃっこつたんしゅくじゅつ))を行っています。

女性ホルモンと手の障害

出産時期や更年期では、女性ホルモンの1つであるエストロゲンが減少し、関節・腱鞘・靱帯にある滑膜(かつまく)が腫(は)れやすい状態になります。手の腱鞘炎、手根管症候群、ヘバーデン結節などが中高年女性に多いのはこのためです。最新の知見では、女性ホルモンの働きを補うイソフラボンが有効な場合があるとされており、アドバイスも行っています。

日常診療では、患者さんの年齢、職業、生活様式などを考慮した治療法をいくつか提案し、要望に添った治療ができるよう心がけています。手に関してお困りのことがあれば、専門医に相談してください。

更新:2023.04.03