感染しない・感染させないために

いわき市医療センター

感染管理室

福島県いわき市内郷御厩町久世原

はじめに

「感染症」とは、病原体が原因となって起こる病気です。当院は、浜通り地方で唯一の救命救急センターを持つ地域災害拠点病院であるため、重症度が高く、感染を受けやすい患者さんが多く入院しています。

私たちの周りには細菌やウイルスなど、さまざまな微生物が無数に存在しています。健康であれば、免疫の働きで病原体が体に侵入しても症状が現れず経過することがほとんどです。また、普段の生活では事故やけがなどを除き、皮膚が損傷されることはありません。しかし病院では、点滴や手術などの処置によって皮膚が損傷され、病原体が体の中に入りやすい状態となっています。さらに病気にかかり、体の免疫が低くなった患者さんが多く入院しているため、感染症を起こしやすい状態にあります。

感染管理認定看護師は、在宅から急性期病棟まで、すべての医療関連施設を利用する患者さんや家族はもちろん、職員を含めた施設に出入りするすべての人を感染源から守るという役割・使命があります。一方で、この重要な役割は、感染管理認定看護師のみでは担うことができません。病院で働く医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、放射線技師、理学療法士、栄養技師、事務職員、清掃職員などすべての医療従事者に加えて患者さんとその家族、そして皆さんの協力が必要です。つまり、かかわるすべての方と連携した対策と対応が重要となります。

「手洗い」は重要な感染予防です

感染管理認定看護師が感染から皆さんを守るためには、毎日「病原体」と「感染対策に関する皆さんの意識」という、2つの目に見えないものを相手にしなければなりません。

感染予防の基本は「手洗い」です。手には目に見えない微生物や病原体がたくさんついています。感染経路を断ち切るために、「手洗い」は重要です。

風邪をひいた人を例にとってみましょう。咳(せき)やくしゃみで病原体がまき散らされ「飛沫(ひまつ)感染」が起こるため、咳エチケットが重要視されています。そのほかに「鼻をかむ」「鼻を手でこする」「くしゃみや咳を手で覆う」際、手に病原体が付着します。その手を洗わずにドアなどに触れることで病原体が付着します。そこに別の人が触れ、その手で自分の鼻や目の周りを無意識に触れることで「接触感染」が起こり、病原体は渡り歩いていきます。病原体は、自分では動くことができませんから、このように人の手や物、環境を介して渡り歩き、移っていくのです(図1)。そのため、病院で働く医療従事者は細心の注意を払い、患者さんに触れる前と触れた後で「手指(しゅし)衛生」を行い、病原体が渡り歩くことを阻止しています。

イラスト
図1 飛沫感染と接触感染

感染予防の手洗い(図2)

イラスト
図2 感染予防の手洗い方法

普段皆さんが行っている「手洗い」と、医療従事者が行っている「手指衛生」の違いは何かご存じでしょうか。

普段の「手洗い」は、食事の前やトイレの後、外出の後に、手についた一時的な汚れを落とすために行っています。正直、面倒だと思うことはありませんか。先述したように、手には目に見えないだけで、たくさんの微生物やウイルスなどが付着しています。健康な人は、多少の病原体にさらされたとしても、問題が起こることは少ないです。

しかし、病気やけがで医療処置を受けて免疫が落ちた患者さんは、感染症を起こし、致命的な状態となる恐れがあります。そのため、医療従事者は手に付着した病原体はもとより、常在菌といわれる菌を減らす「手指衛生」を行っています。また、患者さんに触れる前と触れた後には必ず手指消毒を行います。

水道がない場合は擦式(さっしき)アルコール製剤を使用し、患者さんを守るために細心の注意を払い対応しています。

病院で患者さんの病室の前に手指消毒剤を設置し、手指消毒をお願いするのは、病原体を持ち込まないためであり、面会終了後に再度手指衛生をお願いするのは、病室から病原体を持ち出さないためという理由があるからです。

すべては「患者さんを守るため」の行動となります。

予防接種について

水痘(すいとう)(みずぼうそう)、麻疹(ましん)(はしか)、風疹(ふうしん)、流行性耳下腺炎(りゅうこうせいじかせんえん)(おたふくかぜ)は、予防接種によって抗体を持つことで、発症を防ぐことができます。最近、予防接種で感染を防ぐことができる疾患について、メディアの報道でよく目にするようになりました。そのため、抗体が必要なことは多くの方が理解されているかと思います。その一方で、実際に「抗体を持っているか分かりますか」の問いに対し、「分からない」と答える方が多い現状もあります。医療従事者は病院で勤務するため、必ず抗体の有無について確認し、抗体がない場合は予防接種を行っています。

「予防接種は費用が高いから、病気にかかった方が安い」との意見を時折耳にしますが、感染することは本当に安く済むのでしょうか。感染し、発症するということは体に大きな負担がかかります。妊娠中であれば、大事な赤ちゃんにも影響します。

麻疹の研究で優れた業績をあげてきた北里大学の中山哲夫氏は、以下のように述べています。「わが国は自然感染に寛容であるが、ワクチンに対してはその副反応に過剰に反応する国柄である。諸外国は『ワクチンで予防できる疾患はワクチンで予防する』というきわめて明快な考え方でワクチン接種に積極的である」。防ぐことができる病気は、防ぐための方法をとることが安心、安全な生活につながるのではないかと思います。

耐性菌について

耐性菌とは、抗生剤に対して抵抗性が著しく高い細菌のことです。

普段は、耐性菌がほんの少し体内にいたとしても、ほかのたくさんいる常在菌などに押されて増えることができません。しかし、抗生剤の点滴や飲み薬を使用することで、耐性菌以外の常在菌まで死滅します。体内にいるすべての細菌が死滅するわけではなく、使った薬に対して耐性を持つ菌は、必ず生き残ります。ほかの邪魔する菌がいなくなって、増える環境になることで、耐性菌は体の中で増えてしまいます。

やみくもに抗生剤を使用することは、耐性菌を選択して増やしていくことにつながります。体が元気で、免疫があるうちは良いのですが、体調を崩して免疫が落ちたとき、これらの耐性菌はここぞとばかりに活動を始めてしまいます。

国(厚生労働省)は、抗生剤適正使用のための指針を打ち出しており、当院では「念のため」の抗生剤を処方しないようにし、必要だと判断した場合のみ処方するようにしています。世界全体では「必要性を見極めて抗生剤を使用しましょう」という流れなのですが、なぜ、全世界で「抗生剤を適正に使用しましょう」と訴えているのでしょうか。

それは抗生剤が薬剤の中で唯一、患者さんの体の中の環境を変えてしまう薬剤だからです。そして、病院内の環境をも変えてしまいます。

病院での問題点は、患者さんの便や尿などから耐性菌が多く排出されるようになると、医療従事者の手指が、耐性菌で汚染される可能性が高くなることです。こうした場面で、医療従事者が手指衛生をきちんと行わず、別の患者さんのケアをした場合、耐性菌が渡り歩いて広がっていくことになります。これは、抗生剤でしか起こりません。血圧の薬や下剤などを大量に使ったとしても、耐性化されることはありません。抗生剤は環境を変化させる薬剤だからこそ、適正に使用する必要があるのです。

患者さんが耐性菌を病院で保菌し、そのまま自宅での療養に移行する場合、「耐性菌を持ったまま退院なんて、危なくてどうしたらよいのだろう」といった相談を受けることがあります。しかし、耐性菌は薬に抵抗は持っているものの、本来は弱い菌です。健康な人に対して問題を起こすことはほとんどありません。病気の発症で免疫が低下した状態や、手術や点滴など皮膚のバリアが損傷されるような処置を受けた患者さんには、感染症を引き起こす原因となる可能性があります。つまり、退院可能な状態まで回復した患者さんは、免疫が回復してきているので、自身の力で耐性菌を抑えることができるようになり、回復とともに体の中で菌は埋もれていくようになります。

おわりに

現在、過去に治まってきたと思われていた、結核やコレラなどの感染症が再び流行の兆しをみせています。国内において結核患者は減少傾向にはあるものの、先進諸国に比べると高い発生率を示しています。エボラ出血熱やMARS(マーズ)、SARS(サーズ)など、新たな感染症も発見されています。地下資源を求めて未開発の地に人類が進出し、また世界規模で交通網が発達し、多くの人々が移動する現代において、感染症は拡大するスピードも一層早まっています。感染に対する正しい知識を身につけて、感染予防のために適切な行動をとることで、これらの感染から身を守ることができます。

新病院への移転を契機に、感染管理の統括部門の名称を「院内感染対策室」から「感染管理室」に変更しました。従来同様、院内の感染予防と感染制御のために、また地域における中核病院の感染管理室として、市民の皆さんが安心、安全に生活できるよう幅広く活動していきます。

更新:2022.03.08