先天性心疾患に対する包括的医療への取り組み
大阪母子医療センター
心臓血管外科 小児循環器科 集中治療科
大阪府和泉市室堂町
先天性心疾患とは
正常な心臓は4つの部屋からできています(図1)。右の心室(右室)からは血液を肺に流す血管(肺動脈)が出ています。左の心室(左室)からは血液を全身に流す血管(大動脈)が出ています。
では、先天性心疾患とはどんな病気でしょうか?
「図2」のように、心臓の壁に穴があいている、血管の位置が反対、血管がくっついている、心室が1つ(単心室)など、生まれつき心臓の構造が正常と異なる病気を先天性心疾患といいます。
先天性心疾患の赤ちゃんは100人に1人の割合で生まれてきます。
先天性心疾患に対する包括的医療とは(図3)
地域の診療所、医院、中核病院などの産科あるいは小児科で、赤ちゃんの心臓に異常がありそうだと疑われた場合、まず当センターのような周産期医療専門施設に紹介されます。そこで詳しい検査(精査)が行われ、さらに診断・治療(心臓手術など)が進められます。無事に治療が終了すると、また地域の医療機関とともに経過観察をしていき、必要があれば在宅療養支援、訪問看護、リハビリを行い、支援学校などの協力も得て、お子さんの成長・発達を見守っていきます。このように包括的医療とは、医療関係の各職種の人々が協力して、診断から治療、回復後のサポートまで全般にわたって、こまぎれにしないで協同で患者さんを診療していくことをいい、特に先天性心疾患のお子さんにとっては重要な医療システムとなります。
また当センターでは、産科・新生児科・小児循環器科による出生前後の周産期管理から始まり、小児循環器科・放射線科による術前診断、心臓血管外科・麻酔科・集中治療科による手術治療・周術期管理、さらには小児循環器科・心臓血管外科・新生児科などによる術後管理を経て、無事退院できるよう積極的なチーム医療を行っています。
胎児期からの取り組み
私たちは、赤ちゃんがお腹(なか)の中にいるとき(胎児期)から医療を始めています。当センターでは、1983年から小児循環器科医による胎児心エコー検査(図4)を開始し、以来、近隣病院との連携により、施行件数は増加の一途をたどっています。最近では年間で300件を超えるようになり、国内でも有数の先天性心疾患の胎児診断施設となっています。また、超音波診断装置も最新の機種(GE社Volson E10/Volson Eシリーズの最上位機種)を導入し、非常に鮮明な画像が描出可能となり、診断能力も向上しています。
胎児診断を受けた先天性心疾患の赤ちゃんは軽症から重症までいます。私たちは心疾患の重症度に合わせてレベル分類(表1)を行い、より重症度の高い(レベル3・4)赤ちゃんは出生前に入院・処置・手術の時期を決定し、計画的に周産期管理を行うことでスムーズに対応できるように、すぐに準備を始めます。また、軽症と判断した(レベル1・2)赤ちゃんに関しては、積極的に母児同室を進め、お母さんと一緒に退院できるように努めています。このように胎児期に診断し、専門医から説明を行うことで重症度を把握してもらい、生後どのような治療経過をたどるのか、イメージを持ちながら出産に臨めるため、家族の不安が軽減します。
さらに当センターでは、赤ちゃんだけでなく母親への介入も積極的に行っています。具体的には、検査後の説明時に看護師が同席したり、循環器病棟の見学案内をしたり、家庭用パンフレットの作成・配布、ピアカウンセリング(患者家族間のサポート)や家族会の紹介などの支援を行っています。胎児心疾患の診断を受けた母親への心理的サポートも積極的に行うことで、出生後の育児ストレス軽減にもつながっています。
先天性心疾患に対する治療戦略
先天性心疾患に対する治療戦略の要は心臓手術です。当センターが先天性心疾患の心臓手術に関して、質・量ともに全国でも屈指の施設であることを説明します。
先天性心疾患に対する心臓手術(図5)には、人工心肺装置を用いて心臓内の手術操作や大血管修復などを行う開心手術と、人工心肺装置を使用しないで心臓は動いたままの状態で行う非開心手術があります。先天性心疾患に対して開心手術を行っている施設は、全国でも数が限られています。その中でも、心臓手術件数が年間200例を超える施設は、当センターを含めて国内で約10施設です。当センターの手術成績は良好で、手術死亡率(手術後1か月以内に亡くなってしまう率)に関しては全国平均より低く、特に新生児の開心術(人工心肺装置を用いて行う心臓手術)の手術死亡例は2014年4月から、ここ3年間ありません(表2)。
特に重症な心疾患は、生後すぐに手術が必要になることがあります。例えば最も重症といわれている左心低形成症候群という先天性心疾患がありますが、生後早期に人工心肺装置を用いる比較的負担の大きな開心術(ノルウッド手術)を行うと、手術死亡率は約10〜15%(国内統計)くらいあり、その成績は決して良くありませんでした。そこで当センターでは、左心低形成症候群に対する治療方針として、生後数日で負担の少ない非開心術(両側肺動脈絞扼術(こうやくじゅつ))を行い、生後1か月頃に開心術(ノルウッド手術)を施行するようにして、段階的に外科治療を行うことで手術のリスクを減らしています(図6)。この治療方針で私たちは2012年以降、左心低形成症候群14例を全例救命しています。
また心臓手術を補うように、カテーテル治療にも積極的に取り組んでいます。特に新生児期(生後28日未満)のカテーテル治療にも精通しており、安全かつ効果的に実施しています(表3)。カテーテル治療は、足の付け根や首にある動脈や静脈から、直径1〜2㎜程度の細い管(くだ)(これをカテーテルといいます)を心臓まで挿入して行うので、心臓手術よりは低侵襲(ていしんしゅう)(体への負担が少ない)な治療を行うことができます。新生児期に行うカテーテル治療には、バルーン心房中隔裂開術といって血液の循環に必須である卵円孔(らんえんこう)という心房中隔の真ん中にある小さな穴を、風船を使って大きくする治療や、狭くなって血液の流れが悪くなっている血管や弁を風船で膨らませたり(バルーン治療)、ステントという金属の筒を入れたり(ステント留置)する治療方法があります(図7)。
このように心臓手術とカテーテル治療がともに、十分な技術を有しているため、重症な先天性心疾患でも最善の治療計画を立てることが可能となっています。
小児集中治療室(PICU)
集中治療専門医が専従する小児に特化した集中治療室(PICU)を有している病院は、国内でも24施設のみとまだ充足していません(小児集中治療協議会2016年度データベースより)。その中でも当センターのPICUは、ベッド数・専門医を含めた医師数が充実しており(図8)、また体外式膜型人工心肺(ECMO)など特殊医療の経験も豊富です(表4)。手術前後や重症の患者さんの管理は、小児集中治療医が中心となって、各科の協力のもとにチーム医療を行っています。
周産期医療専門施設の役割
先天性心疾患の患者さんの中には、心臓以外にもお腹の病気(鎖肛や腸回転異常などの消化器疾患)、肺の病気(気管狭窄(きょうさく)や肺嚢胞(はいのうほう)などの呼吸器疾患)、染色体異常や発達障害などを伴っている方もたくさんいます。そのような合併症のある患者さんに対しても、小児外科、消化器・内分泌科、呼吸器・アレルギー科、遺伝診療科、子どものこころの診療科などが密接に連携して、適切な時期に、適切な治療を行っているのが当センターの特徴です。
周産期医療専門施設である当センターは、赤ちゃんの病気だけを診るのではなく、出生前からの母親や家族のケアから始まり、治療後の子どもの成長・発達まで見守る包括的医療の中心的役割を担っています。
先天性心疾患という、非常に大きな病気を持って生まれてきた子どもたちとその家族に、安心して治療を受けてもらえるように、そして笑顔で過ごしてもらえるように、私たち病院スタッフが一丸となって質の高い医療を提供しています。
更新:2024.10.03