頭頸部がんと闘う がん専門病院としての底力が試される領域
四国がんセンター
頭頸科・甲状腺腫瘍科
愛媛県松山市南梅本町甲
頭頸部がんを知ってください
頭頸部(とうけいぶ)がんといっても、皆さんにはなじみがないかもしれません。「とうけいぶがん」と呼びます。
頭頸部領域とは鎖骨より上の顔や首の部分を指します(図1)。ただし、脳の病変は脳外科で、目の病変は眼科で専門に取り扱いますので除外します。この狭い領域にさまざまながんができることがあります。息をしたり、食事をしたり、しゃべったりと大切な仕事をしているところなので、そこにがんができるといろいろ困ったことが起きます。
その治療には耳鼻咽喉科・頭頸部外科を中心に、放射線治療科、形成外科、歯科など多くの領域の専門医、専門看護師、リハビリスタッフの総力を結集して行う必要があります。治療の内容は手術、放射線治療、抗がん剤治療、分子標的薬治療、免疫治療などさまざまです。どの病院でもできる治療ではないので、一般には大学病院やがんセンターなど、がん診療連携拠点病院への受診が望ましいと考えます。
それでは代表的な頭頸部がんとその治療について説明します。
舌・口腔のがんは若い人でもなることがあります
口の中のがんというと、どんながんを思いつきますか?
代表的なのは舌がんで、口の中のがんのうちの約6割を占めます。そのほかにも歯ぐき(歯肉)にできるがんや舌の裏側(口腔底(こうくうてい))にできるがんも結構あります。口内炎が治らないなあと思っていたらだんだん広がってきて、病院に行ったら実はがんだったというケースもあります。入れ歯の金具やとがった虫歯が周りの粘膜を傷つけて発がんすることも多いので、歯医者さんで見つかることもよくあります。
口の中は、しゃべったり食事をしたりで四六時中刺激を受けている場所です。口の中の粘膜は小さな傷もすぐ治るように細胞分裂も盛んな場所なので、がんの勢いも強い傾向があります。20歳代の若い方でもかかる場合がありますし、80歳の方でもがんの進行は必ずしもゆっくりとは限りません。がん細胞の特徴としては放射線や抗がん剤も有効ですが、副作用や効果の点から考えると手術で取り除くことが最も大切です。
また、口の中のがんでは首のリンパ節への転移が、よく起こりやすいとされます。進行度にもよりますが、その頻度(ひんど)は30〜50%といわれています。専門的な画像検査をしっかり行って、転移のある頸部リンパ節に対する治療を追加することも大切です。
「舌を切ったらしゃべれなくなりませんか?」とよく聞かれます。それに対して、「舌可動部(ぜつかどうぶ)(前の方)を半分近くまでとっても普通にしゃべったり、ご飯を食べたりできるようになります」とお答えする場合が多いです。それ以上とらないといけない場合には、種々の再建手術を組み合わせることで、ずいぶんと機能回復が得られます(本項「頭頸部がん手術の可能性を切り開いた再建外科の進歩とは」参照)。
ちなみに当院で過去5年間に進行した舌がんに対して、舌を半分以上摘出された方でも再建手術をうまく組み合わせることで、14人のうち12人(86%)で退院時には完全に口から食事ができるようになっています。
咽喉頭がんの3大原因とは――タバコとお酒とウイルスです
咽頭(いんとう)や喉頭(こうとう)とは、ズバリ「のど」のことをいいます。食事の通過は咽頭(食道から胃につながっています)、声を出す主体は喉頭(気管から肺につながっています)が担っています。私たちの体は無意識のうちにご飯は食道へ、空気は肺へ交通整理できるようになっています。その交差点が中〜下咽頭です。
咽頭がんや喉頭がんが起きる原因は大きく3つあります。
以前から指摘されてきた原因の代表格はお酒とタバコです。昔から「酒は百薬の長」とはいいますが、実は口腔がん、中咽頭がん、下咽頭がん、食道がんなど多くのがんの発生に関係します。アルコールそのものよりもそれが分解されたときにできるアルデヒドという物質が悪いとされています。特に最初の一杯でポッと赤くなる方は「フラッシャー」といって、このアルデヒドを解毒する酵素が少ない体質なのです。「昔は真っ赤になったけど、部活や会社で鍛えられて今は平気だ」という方も、遺伝子そのものは一生変わりませんから要注意です。お酒を一滴も飲んではダメとは言いませんが、「酒は命を削るカンナ」という言葉も忘れないようにしてください。
一方、タバコは体質と関係なく発がんの強い原因となります。がんの治療に際してもタバコを多く吸っている方は治りが悪いとされています。私たちが、「禁煙!禁煙!」と口うるさく言うのはそのためです。当院では、治療開始前から禁煙外来で専門の医師がしっかり相談にのってくれます。
もう1つ、発がんのメカニズムとして注目されてきたのはウイルスによるものです。上咽頭がんのEBウイルス、中咽頭がんのHPVウイルスが代表的です。特に最近は、中咽頭がんでこのタイプのものが増加しています。お酒・タバコの発がんには、かなりの時間が必要になるので高齢の男性が圧倒的に多いですが、ウイルスによる中咽頭がんの場合には比較的若い方や女性にもみられます。幸いなことに、お酒・タバコでできた中咽頭がんよりも、かなり治療成績が良いとされています。
このように、ひとくちに「のど」といっても発生のメカニズムや治療に対する反応が異なりますので、治療に際しては主治医の先生とよく相談することが大切です。一般に早期がんでは内視鏡治療(写真1、2)や放射線治療、喉頭部分切除術などが適応されることが多く、進行がんでは化学放射線治療(放射線と抗がん剤の同時投与)や喉頭全摘も含めたしっかりとした手術を考えないといけません(図2A、B)。
声を失うということは普段思いもしない出来事です。とてもつらい選択ですが、命を救うためにはどうしても「のど」を残せないという場合もあります。その際には代用音声のリハビリも積極的に行っていますので、一緒に考えていきましょう。
甲状腺がんには質の高い手術ときちんとした治療戦略が大切です
甲状腺(こうじょうせん)は「のど」の下方、気管の前面にあります。蝶の羽のような形をしており、新陳代謝にかかわる大切なホルモンを分泌しています(図3)。
甲状腺がんは、頭頸部領域にできるがんの中では頻度の多いものの1つです。若い方にもできることがあり、男性よりも女性に多いという特徴があります。ただし、一般に若い女性の方が治りやすい傾向にあるとされています。
症状としては首の固い腫(は)れとして気づく場合が多いですが、これは甲状腺にできた腫瘍(しゅよう)を触っている場合と、両脇の首に転移してふくれたリンパ節を触っている場合があります。バセドウ病など甲状腺ホルモンに異常が出る病気と違って、甲状腺がんの場合にはホルモンに異常は出ないことが多いです。また、甲状腺がんの診断を受けるまで全く無症状の人も結構いらっしゃいます。近くの病院で頸動脈エコー検査やPET‐CT検診を受けた際に偶然見つかるケースも多いので、積極的に検診を受けましょう。
甲状腺がんの診断には超音波検査が最も有効です。がんが疑われる場合には、手術前に細い針で腫瘍細胞を吸引して診断することが多いですが、甲状腺がんの種類によっては手術で摘出し、詳しく調べてがんと最終診断されるタイプのものもあります。
手術では基本的には、首のしわに合わせて横に皮膚切開します。甲状腺をがんのある側だけとる場合と全摘する場合があります。リンパ節転移があればその部分もしっかりとります。
進行した甲状腺がんでは、確実な腫瘍摘出が最優先になりますが、良性腫瘍や一部のがんでは、より小さな傷口で腫瘍摘出が可能な内視鏡手術が近い将来導入される予定です。
また、甲状腺のすぐ裏には反回神経といって、声帯を動かす神経が走っています。そのため、手術後に声がすれなどの症状が出ることがあります。当科では、術中に神経モニタリングを行いながら神経温存に努め、術後には音声リハビリも行う体制をとっています。がんがくっついていて神経が残せない場合でも、神経再建術を同時に行うことで声を出しやすくする工夫をしています。
がんの進行度や悪性の程度によって、術後に放射線治療をしておいた方が良い場合もあります。甲状腺がんの場合には放射性ヨード内用療法といって、特殊な薬を内服して甲状腺の細胞を中から焼く方法が標準的です。この治療法が必要な方には、それに応じた手術法をとる必要があります。
最近では、ヨード治療が効かない患者さんに分子標的薬治療が適応される場合もあります。
甲状腺がんの多くは、ほかのがんに比べておとなしいとされますので、怖がりすぎず、しかし侮ることなく、きちんと治療することが大切です。
頭頸部がん治療にリハビリテーションがなかったら
リハビリテーションというと脳疾患や整形外科領域のイメージが強いですが、実は頭頸部がんの治療においてリハビリテーションが果たす役割はとても大きいのです。頭頸部領域は会話や発声、呼吸、嚥下(えんげ)といった働きを担う部位だからです。そのため、がんが悪くなるとその働きが邪魔されて多くの症状が現れ、手術や化学放射線などの治療に伴うダメージを避けることができない場合もあります。声が出ないとか食事がうまく飲み込めない状態をそのままにしておくと、治療そのものが継続できない場合もあります。
当院では理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が頭頸部がん治療と並行してリハビリを開始し、少しでもお役に立てるように心がけています。特に、言語聴覚士は嚥下内視鏡検査や嚥下造影検査を医師とともに行い、症例カンファレンスで情報を共有しながら音声のリハビリや、飲み込みのリハビリをきめ細かく行っています。
頭頸部がん手術の可能性を切り開いた再建外科の進歩とは
頭頸部がんの中には手術が非常に有効で、治療の第1選択となるものがたくさんあります。
早期のうちは手術で取り除く範囲も少なくてすみますが、進行しているがんに対しては大きく、しっかりと取り除く必要が生じる場合もあります(当院では拡大根治手術と呼んでいます)。
「舌がなくなってご飯は食べられるの?」「会話はできるの?」「のどをとってご飯の通り道はなくならないの?」といった疑問があるかと思います。
その際に重要になってくるのは、病巣を取り除くことによって失われた部位を作りなおす再建外科です。
ほかの人の舌やのどを持ってきて、くっつけるわけにはいきませんので、ご自分の体の一部を移植することが必要になります。どこの部分を移植するかは、失われた場所の大きさや特徴に合わせて決められます。
再建が必要な部位へ離れた場所から組織を持ってくる手術を遊離組織移植術(ゆうりそしきいしょくじゅつ)といいます。代表的なのは手首の皮膚、お腹(なか)の皮膚や脂肪と腹筋、太ももの皮膚、腸の一部、肩甲骨(けんこうこつ)や足の骨の一部などです。
移植の際には、手術用顕微鏡を用いてこれらの組織を養っている血管と首周りの動静脈とをつなぎ合わせて血流を確保する必要があります。縫合糸は肉眼では見えないくらい細いものを使うので特殊な技能が必要です。非常に繊細な手術なので、全部で10時間以上に及ぶ大手術になることも多い上、頭頸部がんの再建手術に習熟した形成外科医を含めたチームが必要となるため、ごく限られた専門病院・大学病院でしかできない手術といえます(写真4)。
また、がんを切除する医師と再建を専門とする医師の息が合っていないと、本当の意味で良い治療はできません。当院では、現在のチームを組んで10年以上も協力し合ってきました。その間、約150件の進行した頭頸部がんに対して(拡大根治切除(かくだいこんちせつじょ))+(遊離組織移植(ゆうりそしきいしょく))による再建術を手がけており、移植成功率は96・4%となっています。さらに術前から術後、退院してからも再建部の変化を一緒に診察する体制をとっています。同じチームでこれだけの手術を手がけてきたことから得られた経験は、貴重な財産として新たな患者さんの治療へと生かされています。
更新:2024.10.18